「ゼルダ・フィッツジェラルド全作品」読了
ゼルダの語彙は豊富で文学作品としての体裁は整っているものの、、心に響くものがないので読み通すのが苦痛だった。この全集に7,800円出した元を取りたい一心で読んだようなもの。
夫のスコット・フィッツジェラルドの才能がどれほど稀有なもので、偉大だったかがわかる。The Great Fitzgerald
「ゼルダ・フィッツジェラルド全作品」読了
ゼルダの語彙は豊富で文学作品としての体裁は整っているものの、、心に響くものがないので読み通すのが苦痛だった。この全集に7,800円出した元を取りたい一心で読んだようなもの。
夫のスコット・フィッツジェラルドの才能がどれほど稀有なもので、偉大だったかがわかる。The Great Fitzgerald
アンソニー・ホロヴィッツ「カササギ殺人事件」読了
題名どおりの小説「カササギ殺人事件」とミステリーを担当する女性編集者の身に生じる殺人事件の両方を味わえる凝った構成。2つの事件がまったく別のものでありながら見事にシンクロしている。
「カササギ殺人事件」が解決する前に突然別の殺人事件に切り替わるところは驚愕するが、宙ぶらりんのままにせず、最後にちゃんと収めてくれるのはさすがだ。構想に15年を要したのもむべなるかな。翻訳も秀逸である。
マルセル・プルースト「ジャン・サントゥイユ」読了
ついに終わったという開放感。「楽しみと日々」を併せて全集の3巻を占める、このおもしろくも、有益でもない作品を読むのは誠に苦行であった。ではなぜ読んだのかといえば、そこにプルーストの作品があったからである。
フランス文学者でもあった作家の福永武彦が実は「失われた時を求めて」を読んでいないと告白したことは有名な話だが、「失われた時」はともかくフランス文学者でも「ジャン・サントゥイユ」を読んだことにある人はそういないだろう。だからどうということはないけれども。
Photo: iPnone8
森博嗣「オメガ城の惨劇」読了
紙の書籍は今日が発売日。僕はKindle本を購入したため一日早く手に入り、今日読み終わったもの。
なんだか変な感じがする、のは途中で判るので、結末で驚愕というのはなかった。読み終わってから遡ってセリフのチェックをしたが破綻はなかった。さすがである。でも、これを書くよりGシリーズを完結させたほうがいいのではとは思う。値段分は楽しめました。
向田邦子「阿修羅のごとく」
向田邦子の作品はこれまで読んだことがなく、この作品が小説ではなく、テレビ・ドラマのシナリオだということも知らなかった。AmazonのKindle本でポイントが40%つくセールをやっていたのでたまたま購入したもの。
作者は、文書がうまい、人間観察力が鋭いという評価がもっぱらだけど、それほどのものかという印象。鈍いとは思わないが、鋭い芸術家はたくさんいるのでは。というか、僕がこの種の人間関係に興味がないからそう思うのかもしれない。
4人姉妹の物語というと、谷崎の「細雪」を思い浮かべる。「細雪」は未だ古びない名作だが、この作品には古びているところがある。テレビ・ドラマである以上、その時代の風俗を取り入れているからそうなるのか。小説ならば違った印象になる可能性はある。
笠井潔「煉獄の時」読了
矢吹駆シリーズ11年ぶりの新作。舞台はフランスで、サルトル、ボーヴォワール、シモーヌ・ヴェイユ、ジョルジュ・バタイユなどを髣髴とさせる人物が次々と登場して、フランス文学をかじった僕としては楽しく読めた。
特にサルトルをモデルとしたジャン=ポール・クレールはまるでサルトル自身が語っているようなリアリティがあった。でも、フランス文学に全然縁がない人が読んでもおもしろいのかな。
殺人事件の謎解きの合間に哲学談義というか政治談議が延々と続くのはいつものとおり。第1次大戦から第2大戦にかけてのヨーロッパ裏面史が知れたのはよかった。
フランスがナチスに抵抗した戦勝国というのはまやかしで、実は国民のほとんどがナチスの傀儡政権に協力していた、ということはカズオ・イシグロなども指摘しているけれども、そのことが詳しく論じられている。事件の謎解きも秀逸である。
円城塔「道化師の蝶」読了
いわゆる前衛的な小説で、表現の可能性を突き詰めているのは理解しつつも、何が書いてあるのかよく判らなかった。
若いころは言語遊戯みたいなものにも関心があったけど、今はなあ。叙述トリックくらいなら楽しめるのだけれど。
森博嗣「リアルな私はどこにいる?」読了
森博嗣の新作。これまでの作品に劣らぬ傑作である。
「(人間の意識は、)存在すると意識することができる、というだけで。客観的には、存在しないといえると思います。いうなれば、単なる観測です。(略)意識は、人間の頭脳が観測しているだけで、存在するかしないかしないかを問題にするのは、筋が違います。」
深いなあ。今回はリアルな肉体が行方不明になってヴァーチャルから抜け出せなくなったという設定。このシリーズはアイディアが尽きなければ、どこまでも続けられる。尽きないことを祈る。
トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」読了
あるブルジョア一家の没落を三代にわたって描ききった長編。小説というものはたんに一つの主題を扱えばいいのではなく、高尚なものも低俗なものもすべて包含する総合的な芸術であることを示した手本のような作品。
今の時代の作家は書けないだろうし、書く必要もないかもしれないが、現代では存在しないタイプの偉大なる小説だ。
ジョージ・エリオット「ミドルマーチ」読了
全4巻、1,600ページを超える大作。地方都市ミドルマーチを舞台にした緻密な人物描写と巧みな時代背景の取り入れ方で英国小説の最高峰と評価されている。
そうなんだろうなとは思うけど、登場人物の性格が紋切型のような気がする。ジェイン・オースティンのほうがそこはうまいという気がするし、物語への時代背景の組み込み方はプルースト(フランス人だけど)に及ばないかな。
嫌味がないぶん食い足りないといおうか、うーん、プルーストは偉大だと改めて感じる。
ジャック・デリダ「ハイデガー 存在の問いと歴史」読了
ついに読了。ほとんど活字を目で追っていただけで、1%も理解できたか疑わしい。8千円もする本なのでもったいないのだけれど、この手の難解本をつい買ってしまう性癖がある。
この本はフランスの高等師範学校の学生を対象とした講義をまとめたものである。学生たちは講義の内容が判ったのかね。超エリートだから判った可能性はあるかな。
森博嗣「Gシリーズ9冊合本版」を一気に読んだ。(再読)
このシリーズを最初に読んだときは感じなかったが、登場人物のキャラクターや物語の展開が考え抜かれていて、森作品の中でも屈指の出来栄えなのではなかろうか。
加部屋恵、海月及介、山吹早月の3人のやりとりはトーマス・マンの「魔の山」のような教養小説的でもありリリシズムも感じられる。作者の天才がきらめいているシリーズと感じられた。
梅原猛「水底の歌」読了
万葉歌人柿本人麿の謎多い生涯を論じたもの。まず斎藤茂吉を斬り、返す刀で加茂真淵をぶった切る。
独創的で痛快ではあるけど、同時に独断的で客観性に乏しく学問のレヴェルではない。それでも、スケールの大きい物語ととらえれば楽しめた。
小栗虫太郎「黒死館殺人事件」読了
本書に挑戦したのは3度目。通読したのは2度目で初めて犯人が判った。最後まで読み通せたのは、法水麟太郎シリーズの初期短編から読んで、読みづらい文体に免疫をつけたから。
日本の三大奇書というのも判るし、ただの衒学趣味というのも判るような気がする。著者が序文の中で、"この作品をを書いたらこれしか評価されなくなった"と書いているのはなおさら肯ける。
シェリー「フランケンシュタイン」読了
歴史的な名作なのだろうけど、それほどとは思わなかった。怪物を前面に出さず語りだけによって存在を示す物語構造なのかと思っていたら、けっこう怪物が出てくるし。
また、人造人間がプラグラムをされたわけじゃないのに自ら学習して言葉を喋るのは無理がありすぎる。しかも人間以上に饒舌に。いや、これはSFじゃなくて愛や孤独を描いた芸術作品なのだといわれれば、それはこの作品でなくてもという感じだ。
十返舎一九「東海道中膝栗毛」読了
お伊勢参りとしゃれこんだ江戸の町人弥次喜多の道中記。旅中の風景や名所旧跡などはほとんど登場せず、もっぱら現地の町人との掛け合いに終始している。五右衛門風呂に下駄を履いて入る有名なエピソードも登場する。
当時のベスセラーというが、ドリフのコントを見ているような感覚だったのだろうか。今読むとそれほど面白いわけではないけど、庶民の会話の中に江戸時代の風俗が色濃く感じられる。
読んだのは講談社文庫版。原文に最小限の注釈が挿入されているだけだが読みやすい。
森博嗣「馬鹿と嘘の弓」読了
最近の森作品の特徴である謎解きのないミステリー。それはいいのだけれど、堰を切ったように唐突に噴出する主人公の心の闇を文章で表現するのは無理だったんじゃないかな。ロベール・ブレッソンが「ラルジャン」の映像で描き切った衝撃には遠く及ばず。
A.デュマ「モンテ=クリスト伯」読了
定評どおりストーリー運びはおもしろい。しかし、それ以上のものはない。「大菩薩峠」や「富士に立つ影」には通俗小説を超える哲学性があったが、この作品には感じられなかった。
最後は唐突でご都合主義の締めくくり方。この作品に限らず、長編小説にはこういうのが多い。そう考えると「失われた時を求めて」は立派だ。
アガサ・クリスティ「春にして君を離れ」読了
これはすごかった。クリスティが小説家として超一流だったことを証明している。
ひとりの中年女性が旅の中途でこれまでの人生を振り返り、家族のためと思ってやってきたことが自分本位の押し付けにすぎなかったことを悟る。一つ一つのエピソードごとの心理描写の切れ味がすごい。
中年女性は家に戻ったら家族に謝罪しようと決心する。しかし、クリスティはハッピーエンドにはせずに、女性が帰宅して日常に戻ると反省もすっかり忘れて元に戻るところで話を終える。すべてがすごすぎて読むのに疲れた。