2016年10月31日月曜日

雨の木

 今日で10月も終わり。朝の出勤時、手袋がないと寒いくらいだった。いや、実際手袋はまだ用意していなかったので寒かった。言葉による表現はむずかしい。

 武満徹の「雨の木」をWalkmanで聴きながら大江健三郎の「「雨の木」を聴く女たち」を読んでいる。

 武満の音楽は大江健三郎の連作短編集の第1作中にある、「雨の木」を説明する女性の言葉をモチーフに創作されたもの。

 「雨の木」というのは、夜中に驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さな葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。頭がいい木でしょう。

 武満の音楽はこの言葉のとおり、静寂の中の水の滴りを連想させるすばらしいもの。それが世界の隠喩となっている。一方、大江の小説はもっと通俗性を内在している。芸術作品としてどちらがすぐれているというわけではない。音楽と小説の違いがおもしろい。

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